「杉原千畝 偉大すぎる。」
🔴「六千人の命のビザ」
杉原千畝(すぎはら ちうね)の
一人間としての行為は、決して誰しもができることでは無い。
偉大すぎる。本を読みながら
2回涙した。
先日、映画でも上映されたので、
知っている方も多いかもしれない。
🔴杉原千畝(ちうね)という人物が何をしたのか?
第二次大戦中、
外務省のリトアニアのカウナスにある
領事館領事代理として国の許可を押し切って、
ユダヤ人に日本へのビザを発行し続けた人である。
その功績は、あまり知られていなかったが
近年、あまねく知られるようになってきた。
第二次大戦という背景の中で
当時、ヒトラー率いるナチスにより
ユダヤ人はすべての権利を剥奪され、
逃げる場所さえ奪われた。
捕まれば、生きては返れないことを
皆知っていた。
かつて、日本はイタリア、ドイツと三国軍事同盟を結んでいた国家という立場にあった。
領事館前に押し寄せるユダヤ人を見て、
本来の人間の命は等しく尊いという感情と
日本国を代表する外務省の領事館領事代理という
極限の選択の間にいた。
そして、彼が選択したこと。
ユダヤ人
一人ひとりにビザを書き続けるという選択
当時は、印刷機やコピー機は無い時代。
無論、一枚一枚手書きである。
寝食を忘れ、
ただただ領事館閉鎖されるまでの間、
一人でも多くの人の命を救うために
戦い続けた。
リトアニア、カウナスを去らなければならない日。
駅のホームには、沢山のユダヤ人が押し寄せたという。「ありがとう、絶対に忘れない」と
涙していた。
杉原千畝=チウネは、センポと呼ばれていた。
🔴杉原千畝の偉大さは、まだ続きがある。
閉鎖された領事館には、今後の滞在先の連絡先を書いて置いたという。
ビザを発行できなかった人に対して、
今後もなお、助けたいとの思いがあったのだ。
すごすぎる。
🔴わたしが思ったこと。
杉原千畝、
前から名前は知っていた。
ある時、沢山の本を読む中で
パッと頭の中に浮かんだのが、杉原千畝だった。
自分でも理由は、わからない。
杉原千畝に触れなければならない程、強い思いだった。
本屋を回るが、なかなか杉原千畝の本に出会えない。焦った。早く触れたかったから。
図書館に行くと、ようやく出会えた。
嬉しくて、40分ほどで読んでしまった。
そして、2回涙をした。周りに人がいたので
恥ずかしかったが、隠せなかった。
歴史にIF(もしも、、、)は無いが
わたしは思った。
「杉原千畝と同じ立場にいたら
わたしは、同じことができたのか?」
「己の危険を顧みず、目の前の人に尽くし抜いていく生き方。」
これが、
本来、
人にとって最も幸せになる道
であるとわたしは信じている。
「人は自分一人で、生きている訳では無い。」
「おれは、わたしは、人の力なんて借りたことは無い」と断言する人でさえ、絶対にそれはあり得ないのである。
自分で生きてるようで、
実は自分を取り巻くすべての人やモノ、自然に生かされている存在なのである。
だから、すべてのことに感謝できる
生き方をしたいと思った。
長文、ありがとうございました。
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