局地的豪雨とこどもの関係性 it's fun
昨日の雨はすごかった。
わたしがいた商店街は、15時過ぎから
ひどい雨に振られた。
ラーメン屋に入った途端の豪雨。
あいにく傘は持っていない。
店内から見る外の状況は、
傘も吹き飛ばすほどの雨、雨、雨。
見兼ねた店員さんが傘をくれた。
マジ、感謝。
絶対に傘を返しに、再訪問しようと心に決めた。
近くに、カフエがあることを聞いて、
借りた傘を差して小走りに歩いた。
カフェを見つけたが、ちょうど小雨になってきたので通り過ぎた。
雨宿りしていると、
様々な 雨対策が見られた。
もうびしょ濡れのまま、傘もささず家路に急ぐ学生。
スーパーで立ち往生する人など。
ここで、小学低学年くらいの少年2人が駅の方から歩いてきた。
少年はもうすでに。びしょ濡れだ。
そこで彼がとった行動は、雨でできた水たまりに足を突っ込み蹴り上げて遊んでいる。
とても楽しそうな表情だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
小降りになって、今しかないと決断し
わたしは、再び歩き出した。
しばらくすると、精肉店で買い物をしているお母さんに背を向け、2.3歳の男の子と女の子が2人手を伸ばしで雨に触って遊んでいる。
買い物が終了後もしばらく雨宿りにしている間とさもキャッキャ言いながら、濡れながら遊んでいる。
そこで、わたしが思ったこと。
やっぱりこどもは遊びの天才だと。
いかなる環境もこどもの手にかかれば
魔法がかかり、遊びに変わってしまう。
まるで、魔法みたいに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そこで、ふと、自分の幼少期を無意識的に考えた。わたしも彼らと同じ様にすべてのことを楽しんでいた。
ちょっとでも高い所があるとのぼり
雨の日は、泥んこになれるのがたまらなかった。
むしろ、雨を歓迎していた。
大人になると、現実をみる。
そして、自らを常識という囲いに閉じ込める。
本当は自由なのに。
本当はありとあらゆるものを楽しみたいと思っているのに。
だから、もう一度楽しんでみようよ。
いつからだって、未来はイメージした通り
描けるよ。
☆101歳の婦人の言葉
「いいことばかりだと、いいことに気付かなくなるってこと。悪いことが起きるから、ささいなことに幸せを感じられるの」
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